なぜ人は自由の女神を建造するのか。

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私、今回取り上げる記事のタイトルを目にしてすぐに思い当たる場所がありました。ミナヅキです。

もしかしたらみなさんもニューヨークにあるおそらく本家の自由の女神像以外で思い当たるものがあったりするのではないでしょうか。

そんなわけで、今改めて自由の女神というものを調べてみることにしました。

「自由の女神」はニューヨーク、アメリカの象徴であり、元はフランスから寄贈されたものです。

外国人が、「日本の東北地方のつぶれた寿司屋の隣に、自由の女神が立っていた」と海外掲示板に紹介した写真が、人気を呼んでいました。

外国人「日本の東北に行ったら…なぜか自由の女神を見かけた」気になる写真:らばQ

世界各地のテーマパークや遊園地にもアメリカの象徴物として自由の女神像のミニチュアが設置されているほか、商店やホテルの看板として使われている自由の女神像は枚挙に暇がない。

自由の女神像 – Wikipedia

平たくいうと「どこにでもある」と言っても過言ではないのでしょう。

その上で、自由の女神像をモチーフとした「ご当地自由の女神像」のようなものや、もしかしたら観音像も同じようなノリや着想でその場に建てられている可能性もありますので、そういったものまで含めてしまうとそりゃもうそこら辺いっぱいに自由の女神像は建っているという事になります。

ほたて観音
ほたて」という海の恵みに感謝して建立されたそうです。
大荒れの陸奥湾の海とは対称的に、穏やかないい顔の観音様でした。

恵まれない秋 Ⅱ: ミジンコあたまでつれづれ

かさいの人: アップルランドのりんご観音

ミナヅキが知ってるだけでも県内には2体のご当地観音像がおわせられます…
それだけたくさんの女神像が建っている中で、ウィキペディアにリストアップされているのが

  • 東京 お台場
  • 青森 おいらせ町
  • 北海道 函館市
  • 宮城県 石巻市

自由の女神像 – Wikipedia

の4体でして、そのうち建造に至った明確な理由が記載されているのはお台場のものとおいらせ町のものだけのようです。ある程度の何かしらの共通項があって、それを理由にしているのなら「うーんまぁ」と思うところではありますが。

米国、ニューヨークと同緯度で結ばれていることから、北緯40度40分の「4」の数字にこだわり、本家の4分の1の大きさで建立しました。

日本一の自由の女神像 – おいらせ町ホームページ

さて、表題の「東北のつぶれた寿司屋の自由の女神」はどうやら秋田県のようです。

そこで「秋田県 自由の女神」で検索してみたところ

丸子橋・自由の女神付近 | 大仙市大曲駅周辺の紹介 写真が満載

なんかさらに違うものが出てきました…アレ。

もしかしたらこれは割と有名なのかもしれませんが、記事のものとは違う様子。つまり、秋田県には最低でも自由の女神像が2体いるという事になります。秋田県すげー…

ついでなので東北六県における自由の女神像を県名で調べてみたところ、石巻の自由の女神像を含めて合計4体といったところです。

東北6県に4体、面積あたりでみるとそんなに多いわけではないのかもしれませんが、それでも4体もいると考えると自由の女神像だらけと言えなくもないかもしれません。

観音様だとか大仏様だとかですと、それぞれに別人がモチーフだったりしますが、自由の女神像はリーベルダースだけですからね。

リーベルタース – Wikipedia

しかし、仏像だとか観音像はある種の信仰心の具現化といいますか、美術品としての側面もあり、またそれを彫ることによる瞑想など様々な理由のもとで作られたり建てられたりすることがあるようです。ところが自由の女神像はあまりそのような側面もないようでして、どちらかというと本当に『象徴』『シンボル』としての意味合いが強いようです。

シンボルというものは視覚的部分での存在感が大きいことも重視されるのであり、また日本語的にいえば「象徴記号」であるので、記号の一種とも言えます。

そのように考えると、自由の女神像は記号としての普遍性を持ち、またある部分では単純化されたイメージが強いのだろうと考えることもできます。

とりあえず何か目立つシンボル的な像を設置したかったら自由の女神像!という程度の考えがどこかに刷り込まれているのかもしれませんね。

そしてそれは誰がみても「あぁ自由の女神さまだね」というはずでしょう。

キーワードとしても強さがありますよね「自由」と「女神」ですと。そういう部分にあやかりたいという心理もどこかで働いているのでしょうか。

いずれにしても、面白いものですね。

ちなみにワシントンポストではこのような見解を示していたりします。

「バルトルディは、自由のトーチを持つエジプトの農民の女性の像を作ろうとしていた。スフィンクスの2倍の高さを持つ像をつくって、エジプトのスエズ運河の入り口に建て、水路を守る灯台の代わりにしようとしていた。『エジプト(または進化)がアジアに光をもたらす』という名前になる予定だった」

これは、アメリカ合衆国国立公園局の公式サイトの記述とも合致する。当時、エジプトの女性であれば、当然イスラム教を信じていただはずだとワシントンポスト紙は分析。そのため、自由の女神はもともとはイスラム教徒だったと説明した。

「自由の女神はもともとイスラム教徒だった」ワシントンポスト

はたして真相が明らかになる事はあるのでしょうか。

ガチャガチャで時々みますね…なんだこの発想力。