岩手沿岸ツーリング。

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ツーリングするには少し寒くなってきましたね、ミナヅキです。
先日、10月14日に今月最初のツーリングに行ってきました。

場所はツーリングマップルを眺めていてみつけた、今まで見落としていた岩手県の沿岸のルートを拾いながらの、岩泉町と安家地区です。
先月の頭に台風で被災した場所ですね。

なぜ岩泉かというと、私、その台風の直後の9月4日に岩泉地区から盛岡に抜けるようにルートを選定してツーリングをしていたんですね。

被災地を目の当たりに。

その日は盛岡市内で開催されていた文学フリーマーケット岩手に顔を出そうという目論見でしたが、被災状況を見誤っていたのですよね。
岩泉地区から西につながる道路も南につながる道路もすべて土砂崩れなどで通行規制、全面通行止めになっていました。

文学フリマ - 第一回文学フリマ岩手 開催情報

文学フリマ – 第一回文学フリマ岩手 開催情報

今までも東日本大震災による八戸の被災状況や野田地区の何も残っていない土地を見る機会は何度もありました。
しかし、その日の通行規制による誘導に従い通された先にあった安家地区は、本当に本当に被災の直後の生々しい光景そのものでした。

川沿いには数えきれないくらいに流れ着いた流木、半分以上崩れ落ちた路盤、屋根と骨組みだけを残して壁や戸を土石流に抜かれた民家…
乾いた泥から舞い上がる土埃で地区一帯の景色がかすんでいて、ほうきを手にした住民や警察、地区のボランティアの人々の重い表情。

偶然そこにたどり着いたとは言え、バイクの排気音を鳴らしながら通過するのが心底申し訳なく思えてしまい、また、あまりにも悲惨に感じられ、その光景を記録しようとカメラを取り出す勇気すら出せませんでした。

自宅にたどり着いてからも、その体験や感情をしばらく飲み込むことが出来ずにいました。

ツーリングマップルを購入して。

その後の10月の初旬に、書店で偶然みつけたツーリングマップルを購入。
付録の小冊子には東北地区担当ライダーの賀曽利氏の楽しそうな表情がたくさん掲載されています。
なんか美味しそうなものを食べていたり温泉に入っていたりと。

少し興味が湧いたのでツーリングマップルの公式サイトを開いてみると賀曽利氏によるコラムが掲載されていました。

震災5年 特別インタビュー 東北を見つめて 前編
地図とガイドブックの昭文社のホームページです。マップル、ことりっぷなどの新刊情報、カーナビ、アプリ、キャンペーン、コラムなど。旅やおでかけをワクワク・便利にする情報をご紹介します。

1997年よりツーリングマップル東北の担当ライダーとして東北を走り続けてきた賀曽利さん。2011年の東日本大震災の2ヶ月後から始めた鵜ノ子岬~尻屋崎ツーリングを通じて、東北の太平洋沿岸を走り、東北の「今」の姿を記録し続けてきました。震災から5年の節目である2016年3月、東北の復興への歩みについて語ってくれました。
震災5年 特別インタビュー 東北を見つめて 前編|コラム – 明日、どこ行く?|地図とガイドブックの昭文社

「ライダーだからこその視点」とでも言えばいいのでしょうか。
その場所、その風景を愛でるために200kmも300kmもバイクを走らせる。
それを繰り返すということは、やはりそれなりの想いも出てくるという事でしょう。

まして賀曽利氏のように東北をくまなく回っている方であれば余計に。

ライダー一人、人一人に何が出来るかと言えばなかなか難しいのが現実です。
しかしこうして被災地の現状を実際に見て回り、記録し、伝えるという関わり方は、とてもライダーらしい関わり方、ライダーならではの関わり方なのだな、と感じさせられました。

このコラムを読み、少し想い改まった気持ちになりました。
9月4日に偶然であれ目の当たりにした被災の現実を、人知れず追ってみようと。
岩泉地区には個人的に龍泉洞というお気に入りスポットもあり、定期的に訪れていた場所なのでそれなりに思い入れがあったりもします。

賀曽利氏のようにライフワークとまで強くは言えませんが、いちライダーとして、この岩泉安家地区の復興を陰ながら見守っていこうと思いました。

実際に行ってきた。

10月14日。
天気はまずまず、晴れもしないけど雨も降らないという印象。
肌寒いので防寒着を多めに携行したうえで、お土産の事も考えフル装備。

Jpeg
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サイドバッグ装着が久しぶりすぎて30分くらい格闘した…(;’∀’)

おいらせ町。とこやガンダム。

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ある意味では有名なスポットですね…
最近赤い何かを新規建造していた記憶があったので立ち止まって見たのですが、進捗が見られません。

たぶんデザインとボリュームからサザビーあたりかなと踏んでおります。
部品点数が多いのでファーストあたりのMSの造形ではないんですよ、多分。
(ここで語るなよ…

あ、場所はここですね。

航空写真でもぼんやりと。

道の駅くじ。

八戸市内で給油をし、そのままずんどこずんどこと45号線を南下し、14時。

久慈市内はすっかり被災の痕跡がわからないくらいになっていました。
9月に来たときは消毒用の石灰が撒かれていてそこらじゅう白くなっていて、街中も土埃が舞っていました。

いい時間だったのでここでお土産とお昼を食べる事に。

お土産売り場を一周し、それっぽいものを購入してレストラン前へ。
風除室にあるメニューをよく吟味し、鮭といくらの親子丼を食べる事に。
普段あんまり腰を落ち着けて食事するって事は少ないんだけど、この日はそういう気分。

注文してから料理が届くまでに壁に貼り付けてあった萌える手ぬぐいに気づき海女丼にすべきだったぐぎぎと思ったのはここだけの話。
また手ぬぐい目当てに来ればいいだけの事でして…

食事を済ませツーリングマップルを眺めながら一息ついてレストランを後に。

通路にも萌える海女さんいた。

よく見ると海からあがってきたばかりなのか水が滴ってるし、ストッキングとかタイツじゃなくて生足だっていうだけで妙にえっちい感じなキャラだなぁと思いました、えぇ。

こはくちゃんと言うそうです。

久慈市:ご当地萌えキャラ「北限の海女」で震災復興 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
 岩手県久慈市の小袖海岸で伝統的に素潜り漁を行う「北限の海女」をイメージしたご当地“美女”キャラが誕生した。キャラクターデザインは、宇高国道フェリー(高松市)を...

久慈市:ご当地萌えキャラ「北限の海女」で震災復興 – MANTANWEB

http://machieki.seesaa.net/pages/user/search/?keyword=%82%B1%82%CD%82%AD%82%BF%82%E1%82%F1&fr=sb-sesa&ei=Shift_JIS

こはくちゃん: おさぼりタイム 

小袖海岸。

道の駅くじを後にし、ツーリングマップル東北78ページK1-L3に記載されている県道268号へ。

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道路は基本的に狭くはあるけれども、とてもバイク向きで楽しい道路でした。
久慈港の雰囲気や入り組んだリアスの奥行きが楽しめる風景もあってゆっくり走っても気持ちよさそうなところです。

本当はつりがね洞も撮りたかったんだけれども、ほかの観光客がいたために少し眺めるだけにとどめて。

小袖海女センターからは突き出た岬のアップダウンを走るコースに。
これまたそこそこ走りがいのある道路で面白かったです。
小さな沢沿いに道路が整備されているので雰囲気がよかったです。

次は普代の海沿い。

黒崎。

黒崎はいつも通り過ぎるだけだった普代の町中から役場横を通り海沿いに抜けていくルートになります。
ツーリングマップル東北73ページのK2から続くお勧めルートですね。

201610162100
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途中にある黒崎灯台や北緯40度シンボルをちょっとだけ見学。
ライダーは突き出た土地が好き。

平日なのとシーズンを外しているからか人の影がなく静かな場所でした。
空いている駐車場いっぱいつかって漁網を干しているのにはさすがに笑いましたが。

小本危険区間。

私、ここ来るたびに独特な警告標識で笑ってしまうんですよね。

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道路レポート 国道45号線 小本危険区間
道路レポート 国道45号線 小本危険区間

 小本が近付くと、国道は下り坂になる。
そして、私はこのわずか2kmほどの下り坂で、天にも昇るような興奮を憶えた。
真性の道路好きならば、誰しもがその血潮を騒がせ、ともすれば放屁・吐血・下血などを見せるかも知れない。
大袈裟ではなく、この道はそれほどまでに衝撃的であった。
これが、これが幹線国道だというのか?!
周囲にはたくさんの車が走っている。
みな、平然としてハンドルを握っているように見えた。
だが、こんな道を正気でよく走れるな!!
オマエラ、この道は明らかに異常だぞ!
もし、気が付いていないのならば、獣たちがうろつくような怪しげな廃道の数々を制圧してきた私が宣言してやろう!
この道は、異常だぞ。
 絶対に、オカシイ!
道路レポート 国道45号線 小本危険区間

緊急避難帯が3か所も設置されているレアな坂です…。
上記のサイトに画像付きでその異様さがレポートされているのでぜひ開いてみてください。

道の駅いわいずみ。

小本危険区間を下りきり小本街道を川と並行して走ると道の駅いわいずみが見えてきます。
ここまでくると台風被災の爪痕がいたるところに見られるようになり、また土埃でヘルメットのバイザーが曇ってきます。

地面にまだ残っている泥がまだ復旧に時間を要することを伝えているようです。
道の駅には黄色いテープで立ち入り規制が敷かれ、営業再開の目途が立たない様子です。

そしてここはすぐ西側にたくさんの被害者を出したことで報道された高齢者グループホームがあります。
まさにここなのです。

道の駅の裏手にはがれきや流木が山積みになっていました。
まだ、一か月なのです。

龍泉洞。

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龍泉洞もまだ復旧に時間がかかりそうです。
駐車場の砂利はだいぶ撤去された印象がありますが、まだいたるところにがれきや流木が残っていました。

ここで、私は龍泉新洞科学館のチケット売り場を訪ねてみました。
営業はしていませんでしたが、従業員のおじさんが二人ほど詰めていました。
毎年のように遊びに来ている場所なので、募金といいつつ、1000円ほどを手渡してきました。
1000円で何が変わるか、何も変わらないのでしょうけれども、コーヒー代にでもしていただければいいかなと。
ちょっと声をかけたかっただけ、自分の言葉をそこにおいて来たかっただけなのかもしれませんが。

頑張っているのだとは思いますが、ほかに適当な言葉を見つけることもできず
「大変だとは思いますが、再開を楽しみにしています」
と伝えてきました。

安家地区。

龍泉洞から県道7号を北上し、左折すると安家地区につきます。
7号線の道路わきには土砂崩れの痕跡が生々しく残っている箇所があり、背筋に緊張感を覚えます。

あの日、カメラを向けることが出来なかった光景と再び対面してきました。
やはり骨組みだけになった民家の前で足を止めて、カメラを向ける事には抵抗が残り、地区のはずれにあるものだけを撮影してきました。

あの日に比べるとやや落ち着きを取り戻してはいるようでしたが、個人の民家はまだ復旧できていない場所がほとんどで、浸水被害から免れた2階に生活の場を移して暮らしているようでした。

道路や公共のインフラは公的な資金や援助、人手が投入されることによってすぐに復旧はしますが、個人の民家や財産は災害保険の対象であったとしても対応が後手後手にまわるか、手が付けられないことのほうが多いのでしょう。

「被災から復旧する」ということの最終的な局面は個人個人の生活が元通りになるまでの事を指すのだと思えば、まだまだ先の事なのだろうなと感じずにはいられません。

帰宅。

自宅に帰り着いたのは21時を過ぎたころ。

多少寒くもあったけれども、途中で停まって着込むほどでもなかったのでまだまだ暖かい季節と言えなくもないのかもしれない。

この日の走行距離は424km、行程時間は10時間29分。移動時間が8時間59分。
休憩回数そのものは多くなかった気が。
ずっと走りっぱなし。

ライダーとして。

繰り返すようですが、まだ一か月なのです。

大きく報道されることもなくなり、すでに忘れている方も多いのだろうとは思います。
それは、ある程度は仕方ないのでしょう。
自身の生活にかかわりがなければ大概は忘れます。

東日本大震災もそう、熊本大地震もそう、そして岩泉地区の台風被災もそう。

しかし、バイクに乗って様々なところを巡ればそういった被災地を通過することもあるかもしれません。
別にそこを目的地としてツーリングする必要はありませんが、通過するときに目の当たりにした光景を少しだけでも覚えて帰って、それを誰かに話したり、こうやって公開するだけでも何かしらの手助けにつながるきっかけになるのかもしれません。

岩手県沿岸は、日帰りツーリングするにもちょうどよい距離ですので、これからも機会あるごとに訪れていきたいと思いました。
安家洞もまだ行ったことないんですよね。
それを、一つの楽しみにして追っていきたいと思います。