鉄道マニアじゃないけれども廃線跡が好きという偏った趣味の話。

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実は廃線廃道好き、ミナヅキです。
どうしてでしょうね、気づいたら幼い頃から道路から少し外れた所に立っている標識なんかが好きでした。
あの廃道遺構や廃線遺構の「日常の風景に唐突に挿し込まれる違和感」に魅力を感じ取っていたのだと思います。

そんなわけで今日は青森県内の廃線遺構や線形を少し取り上げてみましょう。

やまいが、好きなんですよね…。

在日米軍三沢基地専用線。

正式名称は定かではありませんが、青森県南では有名どころですね。

ここに関しては県道8号線をクルマで走っていると、遺構と交差する地点があるので、気づきやすいかと思います。

また、三沢基地航空祭の際に敷地内で遺構を見つけたというような記事も結構出てきます。

見れるのは年に1回のみ?三沢基地専用線の廃線跡を歩いてみた。 | 歩王(あるきんぐ)のLet’sらGO!

また廃線になったのが2006年と、このテの遺構としてはまだ新しいので、検索をすると現役当時の画像などもいくつか出てきます。

鉄道の引出し

個人的な感想としてはこちらのサイトとの対比が面白いと感じました。

三沢米軍専用線(国鉄五川目線)跡を歩く(2) : ブロ玉(Blog Saitama)

また、調べてみるとこの三沢駅~三沢基地間だけではなくその先から太平洋に抜ける路線もあったとの記述を見つけました。

三沢

5、砂鉄と旧国鉄五川目線
(略)
専用線の先端部途中より分岐して更に海岸の五川目部落まで新側線路が敷設されました。
これは日本砂鉄会社の出資で 敷設工事はもとより国鉄が担当しました。
(略)
突貫工事により僅か一ヶ月ほどで新たに6kmほどの鉄路が完成しました(社専用線?)。
これが国鉄五川目線と呼ばれた鉄道です。

言われてみるとたしかに線形の延長のような路地があって、東へ抜けています。
現在の空港前の通りで、その線形はまっすぐ太平洋に抜けています。

ここで国土地理院の地図サービスを見てみましょう。

地図検索表示画面

今まで何気なく自動車で通っていた道路が、実は昔の鉄道跡なのですよね。
こうして線形を確認してみると、たしかに列車がそれなりの速度で通行出来るように、まっすぐで曲がりも穏やかな道路になっています。
また現在の航空写真を見直してみても、東西南北方向への移動を基本とした道路構成の中に斜めに伸びる道路はさすがに不自然さが残るわけですが、理由を知ると「なるほどな~」と口にしていまいます。

廃線や廃道が現在の地形と一致すると一種のアハ体験が発生します。
おそらくこれが面白い理由でもあるのかなと感じるところです。

八戸駐屯地引き込み線。

これまた正式名称ははっきりしませんが、陸奥市川駅から分岐して現八戸駐屯地南側、海上自衛隊八戸航空基地との境界近くに引き込み線があったようです。

陸上自衛隊八戸駐屯地/創立59周年記念行事・一般公開に行ってきました
すっかり遅れてしまったネタを出します。今回は、途中まで出来上がっていたのに、キーの押しミスで全部パーにしてしまったのでやる気が失せて放り出していたものです(苦笑)

この辺のブログで多少記述はありますが、三沢基地引き込み線と比べるとかなりマイナーな、知名度の低い専用線だと言えるでしょう。

陸奥市川駅。

Wikipediaあたりを確認すると

1942年(昭和17年) – 陸軍八戸飛行場までの専用線敷設[1]。
(略)
1965年(昭和40年)6月30日 – 尻内(現:八戸) – 陸奥市川間複線化。この3年後に東北本線の全線複線化が完成する。戦後の一時期は、自衛隊駐屯地の引込み線が存在した。

という記述があり、上の航空写真は昭和17年時に敷設された専用線の線形でしょう。

引き込み線。

駐屯地内の中央道のちょうど延長線あたりから引き込み線の線形がはいって来ており、踏切の位置も一致します。

ちょうど今のバス停がある門からの引き込みとなっていたようです。

駐屯地内に遺構発見。

ところで色付けしてて気づいたんですけど、当時の建物の土台、残ってますよね、これ。

上の画像でオレンジで着色してあるところです。
緑着色の道路や建物の並びとの位置関係も一致しますし、なかなか面白い遺構なんじゃないかと思います。

詳しそうな人に聞いてみた。

ミナヅキの多くないフォロワーの中にもやはり鉄道に詳しい方がいて、
「八戸駐屯地の引き込み線、マイナーすぎるけど」
と聞いてみたところ、こういう返答をいただきました。

確かに言われてみれば、未成線大間線とか八戸臨海鉄道、あと南部縦貫鉄道とか色々あります。
そこらへん遺構だらけですね…。
そういう物に比べるとインパクトが少なく目につきづらいのが原因なのだろうかなと。

戦史は線史…なのかもしれません。

野辺地駅→野辺地埠頭!?

これらの調べ物をしている中で、今までまったく知らなかった、未知の廃線路盤を知ることになりました。
正直、日常的に使っていた場所なので驚きと納得の線形でした。

昔の空中写真を見てハアハアするスレ まとめ
2ch鉄道総合板の「昔の空中写真を見てハアハアするスレ」をまとめたサイトです。主に1970年代の空中写真を都道府県別に分類しています。

ここにそんな記述がありました。

東北本線と大湊線が分岐してすぐ、大湊線から左側に分岐している線路があり
たどっていくと終端の岸壁に貨車のようなのが見える
この線路の所有は野辺地町で総延長2Km
第三者使用欄に野辺地運送株式会社の名前がある

非常にローカルなネタで申し訳ないのですが、かっぱ寿司やサンデーがあるあの道路です。
こうしてみると、サークルKのところに斜めの道路交差があって謎のデルタ地帯が成立している理由が納得出来ます。

言われてみればそうですよね、鉄道駅から港までの路線があることはなんら不思議な事ではないわけです。

また、大湊線からの分岐のあたりを拡大してみるとなんとなく線形が見て取れるような感じです。

他愛もない話ではありますが。

青森県内の廃線遺構などを3箇所ほど紹介してきましたが、青森県だけでももっと色々あります。

バイクで林道を走ればかつての森林鉄道の遺構が転がっていたり、道路を走れば線路はないのに踏切の名残があったり、やけにまっすぐな道路だと思えばそこはかつての路盤だったりするわけです。

こういったものの線形を辿ると点と点をつなぐように、航空写真にくっきり現れたりします。
実は今は遊歩道や公園になっている場所も、鉄道の名残だったりするのかもしれません。
面白いですよね。

最後に一つ。
これはGoogle Mapで青森市内を東側に見下ろした角度ですが…

中央に何か見えてきませんか?
ちなみに青い森鉄道は青森市内を南に、画像右側に大きく迂回する形になっています。

南部縦貫鉄道も結構遺構あるんだよな…